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JOHNNYPARKというバンドでvo、たまにdjやります。現在は新潟在住

お客様は我が味の師なり

今日久方ぶりに家系ラーメンを食べた。

家系ラーメンとは今では都内近郊にありふれたものだし、新潟市内にも家系と名乗るラーメン屋は多数存在する。出自は六角家が多い。

 

しかし今日食べた家系は

家系総本山 吉村家直系のラーメン屋

上越

 

これがどのくらい素晴らしいことかというと

吉村家が家系ラーメンの中でどれだけのものかという優位性よりもなによりも、僕にとって思い出の味そのものだということだ。

 

僕のラーメン遍歴の岐路と呼んでもいいこの出会いは大学生の時だった。

 

僕が高校生の時点でよく足を運ぶラーメンは一般的な醤油、味噌、塩が多く、博多豚骨タイプのラーメンも食べることはあったが特別好きだったというわけでもなかった。

県外から来た名店のチェーンもいくつか存在したがそこまで流行らず、なんとなく誰かに誘われた店に行くという流れが多く、実際あまり食にこだわりがなかったとも言えるかもしれない。

 

大学に入りしばらくすると

どうやら大学の近くに

地方から進学して来た人間には未体験な

どぎついラーメンがある

ということを知った。

 

僕やJOHNNYPARKのメンバーが通っていた大学の生徒は、地方から進学して右も左もわからないタイミングで慣れてきた頃に先輩からの洗礼とばかりにそのラーメン屋へ連れて行かれ、「これが神奈川が誇るパンチのあるラーメンだ」というのを味わい病みつきになる…

という流れがある。それが何を隠そう家系総本山、吉村家直系のラーメン屋だったのだ。

 

最初は驚きだった。

まずは行列だ。そもそも新潟にいた当時はラーメンを並んで食べるということをしたことがなかった。そして券売機で頼むラーメンを選ぶと、紙の食券ではなく色のついたプラスチックの札がコロンと落ちてきた。

「え?こんなもんで管理できるの??」

その当時はラーメン屋さんがどのようにオーダーを管理しているかすらも知らなかった。

 

そして店主からお好みを聞かれる。

これも新鮮だった。味の濃さ、麺の固さ、油の多さ…それを選べることすら新鮮だった。

 

そこで出てきた家系ラーメンに度肝を抜かれた。そしてそれを見てこれ見よがしにニヤつく先輩達。しかし実際豚骨ベースのラーメン=博多系の豚骨ラーメン意外食べたことなかったし、なによりこのカエシの濃さ、ギトギトの鶏油が海苔やほうれん草に染みて暴力的な味だった。

 

それからというもの

僕は取り憑かれたようにそこへ足を運び、学年が上がれば後輩をそこへ連れていき、これ見よがしにニヤついた。

 

そんな大学生活を終えて神奈川を離れてからも、その頃には吉村家とは違うが家系ラーメンのお店が点在しておりラーメンの1ジャンルとして色々行くようになる。しかしながら、吉村家直系のラーメン屋へ行く機会がなかなかなかった。

 

吉村家直系のラーメン屋は全国に8店舗

その中でもほとんどが神奈川にある。

 

僕が10年前に行っていたそのお店はもうすでに閉店してしまった。新潟にある他の家系ラーメンのお店は美味しかったが、やはり何か足りない。何か違うと毎回思ってしまう。

 

新潟に直系のラーメン屋があるということで俄然食べたいという気持ちになっていたが、新潟の中でも長野寄りにある店舗のため家から高速道路で2時間かかるため、なかなか行く機会もない。

 

ちょくちょく上越へ行くタイミングは訪れるが、いつも上越家へ辿り着かず終わってしまう。上越であった仕事関係の出張の帰りに食べて帰ろうと思っていたら事務員のおばちゃんを乗せて帰ることになってしまい、心底不貞腐れながら高速を飛ばして帰りむしゃくしゃと焼肉を食べた記憶もある。

 

今回こそはと意気込んで向かったのが今日だった。これだけでも長野出張へ行った意味はあると思っている。

 

久しぶりに食べた直系の味は、まさに思い出の味そのもので、本当に美味かった。

スープ、酒井製麺の麺、燻製を感じさせる薄切りのチャーシューもまさにそれだった。

全く同じで、すべての過去が思い出されてなんだか泣けてきた。

 

まさか10年もかかってしまったけど、

新潟でもこれを食べることができるというのが本当うれしい。

 

次はいつになるかわからないけど、

あの褐色のスープ毎日すすりたいんで

誰か行きましょう

 

それくらい感動したってこと

平光ひなたを見習え

平光ひなた というヒロインがいる。

まだ登場していないが今のところ好きになることが約束されている。

 

ヒーリングっど♡プリキュア

に登場する予定のこのキャラクターのキービジュアルが発表された時から、ルックス的に僕の愛するとあるキャラに類似しており、ぷり、その瞬間から脊髄レベルで惹かれ、完全に誘導されるがままにファムファタルの座をリザーブしていった。

 

まあ見た目だけで判断するのは通ぶりたい気質の僕としても本意では無いため、どのような性格なのか少し公式ホームページを覗いてみた。

 

"明るくてノリの良い元気でフレンドリーな中学2年生。どうでもいいことから大事なことまで、思ったことをすぐ口に出してしまうタイプ。勉強は苦手…。間違ったことをしたときは「ごめん!」とすぐに謝れる、素直な子。"

 

衝撃が走った。

僕が人を愛せるか愛せないかのバロメーターで割と重要視しているのは「ごめんなさい」が言えるかどうかであり、それが明記されているだけで好感は上がっていくばかりだ。

なにより驚くのが

 

思ったことを場を読まず口に出してしまうタイプほど、自分の否を認められない大人が多いということだ。

 

個人的な経験からの統計だが…

 

すくなくとも経験上、

相手の気持ちや経緯、状況も想像せず自分の見えている部分で判断し、それを正当とばかりに言ってくる奴ほど、結果それが間違っていても謝らない。

お前ら平光ひなたを見習え。

(見習うにもまだ登場もしていないが)

 

謝らない奴には何も言いたくなくなる。

言うだけ損するからだ。

 

そこに関連して

今日Twitterでも少し吐き出したが、耐えがたい出来事があった。

 

弊社は先方から直接、もしくは他の同業者から外注で仕事を請け負っているのだが、今回は後者。

その同業者側から外注で仕事をもらう際、宅急便でのやり取りとなるため色々と電話でやりとりをすることになる。その電話をかけてくる営業の中に、個人的に「とんでもなくきつい女性」がいる。

 

ここからはこのとんでもなくきつい女を

「A」とさせてもらおう。

 

昼、事務所で入力作業をしていると電話が鳴った。事務員さんは皆忙しそうにしていたので僕が電話を取った。Aからだった。

 

Aは兼ねてからネチネチとした口調で話す人で、「A側の仕事にミスがあった時」や「無理のある納期の仕事を弊社にお願いする時」にとても顕著である。

どうネチネチしているかというと「一言多い」のだ。

無理のある仕事をお願いする時、自分にミスがある時とはつまり弊社側が少し「え?マジかよ」と思ってしまう時であり、対応も少し強めにはなってしまう。そういう時、いつも返す刀よろしく

「まあこないだ、おたくもこういうミスありましたから気をつけてくださいね」

と言い放つ。

そもそも口調がいつも上から目線で

「お願いします」

ではなく

「お願いできませんか?」

と聞いてくる。

書いているだけでイライラしてきたが、こういった相手をイライラさせる才能があるババアは確かに存在する。僕はそういった点に敏感なので、こういうのに少し触れるだけで心が爛れて胸焼けがしてしまう。

 

そんなAからの電話に身構えた僕は、平静を装って電話に応えた

A「社長はいますか?」

 

社長は会社を空けていたが、保留して一旦他の事務員に指示を仰いだ。

どうやら弊社に無理な日数の仕事を出そうとしているらしく、一旦断って先方に日数を延ばすよう交渉してくれとお願いしていたらしいが、交渉に失敗したのかそのため電話してきたのだろう。

 

社長は基本この手の仕事を二つ返事で受けてしまうため、おそらく社長に直接頼もうとしているのがバレバレだった。

 

不在の旨伝えると

「担当の製作者に代わって欲しい」

と言い出した。

 

仕分けを行なっている営業や事務員だと断られるので、若い製作者に直談判で了承を得ようとしているのがバレバレだった。僕はさらにイライラし始めた。

 

「手が離せないようです。納期の件ですか?」

とやや苛立ちまじりに答えると

 

「そうです、先方に延ばすようお願いしたんですけど顧客と連絡がつかないみたいで、なんとかその日数でお願いできませんかね?」

 

とのこと

この時点で不可解だった。今回無理な日数で来る予定の仕事は二つと言っていた。二人とも連絡がつかないなんてことあるか?

正直、先方が怖くて交渉していないんじゃないか?そう思ってしまい苛立ちは高まった。 

なにより「お願いできませんかね?」じゃねえよ、交渉失敗したのお前らだろなんだその態度

 

 

僕「そうは言われましても難しいです。」

 

A「なぜ担当の製作者に代われないんですか?」

 

僕「担当の製作者は部長の指示により仕事の振り分け量が決まっています。その部長が難しいと申し上げておりますので、やはり難しいです」

 

この時点で立派なクレーマーだった。

下手にお願いしてくれたらもう一度部長にかけあってもよかったが、このような態度ではその気も起きない。

するとAはとんでもないことを言ってきた

 

A「そんなこと言われましてもね、おたくもついこないだこんなミスをしていたじゃないですか。」

 

僕「それは申し訳ございませんでした。今後気をつけて製作するよう心がけます。」

 

A「そういう時ね、私たちが先方に謝っているんですよ?そんな先方にさらに「この日数ではできない」って言えっていうんですか?」

 

僕のハラワタはこの時点で煮えくり帰っていた。納期に無理があることと、これまでのミスは関係ない。あまつさえミスを減らしたいならなおさらそういったギリギリの仕事をさせるべきではない。

何よりそんなことは自分も営業で謝る側の立場のためそんなことは百も承知だ。そしてそれを作る側に言うべきではないことも百も承知だ。

 

家庭を顧みない父親がそれを咎められて「誰の稼ぎで飯を食っていると思っているんだ?」と言うような愚行だ。

 

そもそもこんな奴が交渉するからダメなんだろう。こいつが交渉したのでは相手を怒らせるだろうしな。早く自分の無能を詫びて懇願してこいよ。そう思った。

 

この時点では怒りを我慢し話を聞いていると

何やら代案を提案してきた。

A「ではこういうのはどうでしょう?おたくがやってくれないっていうなら仕方ないですから」

 

と言ってきた

僕はここで限界を迎えた。

こいつらは先方から仕事をもらって、弊社に製作してもらっているという意識がない。交渉できなかったことの申し訳なさもなく、あたかもこちらがただただごねているかのようなもの言い、「仕事を出してやってる」という奢りを感じた。

 

僕「ではその代案も踏まえて、再度部長に掛け合って折り返し連絡します…が、『うちがミスをしたんだからやれよ』というような頼み方はあんまりじゃないですか?今後改めてください」

 

A「そんな言い方した"つもり"ありませんけど!」

 

僕「はぁ?」

 

A「はぁ?ってなんですか!あんた名前は?製作者?」

 

僕「名前を言う」

 

A「ええ…あなた前にうちの会社にいましたよね?なら内部のこともわかってますよね?それがそんな言い方…!こっちはそんな"つもり"で言ってないのに!あなたこそ改めてください!」

 

嗚呼、この人は自分が言っていることが間違っていないと思っているんだ。

このように嫌味として伝わってしまっていることに反省もせず、開き直り、むしろこちらが悪いように仕向けている。

「怒らせてしまった」ではなく

「勝手に怒り始めた」と思われている。

そう思った瞬間こいつと会話するのは無理だと思った。

 

Aはこの後も自分は悪くない!お前の態度はなんだ!勝手な解釈で!こっちは長くおたくと付き合いしてきてるんですよ?無理にやれなんて言ってない!

と激昂し、話にならなくなった。

 

言った言ってないなら近いことは言ってるし、こちらにはそう聞こえてる。無理にとは言っていないがほぼそれに近い嫌味を言っている。長く付き合いしてるからと思い上がっているからそういう強気な嫌味が出るのもわかる。態度が悪いのはお前でそれに腹を立てているのはこっち。すべておかしくすべて論破可能。

 

しかしこの手の自分は間違っていないスタンスの老害は自分が咎められるとまくしたてて話にならなくなる。

そして僕も恥ずかしながら腹が立って冷静さを欠いていた。

僕はAの自己保身の呪文のような叫びをかき消すように黙って受話器を叩きつけた。

 

僕は確かに2年前までこの会社にいた。

この会社の営業が、一部の恩人を除いてはどれだけただ上の言いなりで、どれだけ作り手へのリスペクトに欠け、自分にダメージが少ないように製作者に無理を言ってくるかも知っていた。

そもそもお前の営業所のせいでどれだけ苦しんだか知っているのか?内部を知らないのはお前の方だ。

 

それに僕は融通をきかせていないのではなく、単純にこいつの態度に納得がいっていないだけで、会社そのものとか関係がない。

 

僕はこのあと反省した。

このような話の通じない文字通りのクソに本気になって怒ってしまった。恥ずかしかった。

この後部長に深くお願いして、なんとか休みを返上して間に合わせてくれることになった。

 

「内部のことわかってますよね??」

お前こそこの仕事をまかり通らせるために、1人の製作者が休みを返上することをわかっているのか?もうどうでもよかった。

 

僕は自分が熱くなってしまったこと自体に恥ずかしく反省していたので、なんとか間に合わせる旨伝えるためAに電話をかけた。

 

僕「先程はすみませんでした。熱くなって失礼な言動をしてしまいました。先程のお仕事、なんとか納期に間に合うようこちらで調整いたしました。今後また納期に無理がある場合、出来る限り先方にご交渉いただければと思います。よろしくお願いします。」

 

A「交渉しますが、どうしても無理な場合もありますのでその時はご連絡します。私もすみませんでした、た・だ・し…私はそんなつもりで言っておりませんから!お怒りになったかもしれませんが私はそんなつもりで言ってませんからね…。では今後ともよろしくお願いします。」

 

僕「すみませんでした。よろしくお願いします」

 

もう無理だと思った。

この人はこの期に及んで

「自分は悪くない。そんな"つもり"ではない」

と僕に悪のシールを全て貼り付けて去っていった。

 

今日一日ブルーだ。

僕は自分に貼られた悪のシールを剥がしながら、粘着が残った部分にため息をつき、舌打ちをしながら働いている。

 

つもり

って相手がどう受け取るかは含まれたいないよね。つまり「嫌味と思わず嫌味を吐き、それを嫌味と言われたら嫌味と受け取ったお前がおかしいと言う」ということだ。

 

この世には絡んではいけない人種がいるが

こういう人間と関わると何もいいことがない。

 

繊細な奴が馬鹿を見る。

繊細な奴が悪者にされる。

鈍感で自分勝手が幸せか

そう思ったら全てが嫌になった。

 

平光ひなたは素晴らしい。

相手のことを思いやれず迂闊なことを言ってしまうが、しっかりとそれを謝れる。

 

涙が出るほど素晴らしい。

そんな人間ばかりになればいい

そうすればAをはじめとした狭い村社会で見捨てられ、許されてきた自分勝手で思いやりのない老害など生まれない。

ヒーリングっど♡プリキュアを観てしっかりと自分の汚さを投影して反省して欲しい。

 

また、

長渕剛のように

「GOMEN...」

「ごめん」

と自分のダメさもフォーカスして欲しいです

 

老害さんガンバです。

僕はもう関わりたくないです

 

 

 

 

 

 

 

 

むいていない

向いていないと思うことがひとつある

 

ここ最近体調が悪い。一日中ではないが、どこかのタイミングで熱っぽく感じたり気怠さが異常に強い。なんとなく仕事にならない程ではないところが厄介だ。

 

世間ではもっぱら新型肺炎とマスク不足の話で持ちきりだ。そして同じように「ただマスクするだけじゃむしろダメ」というような認識も広まっていくことになる。

 

こうなってくると僕も気をつけることになるんだが、いざ気をつけるとなるとある程度徹底したくなる。

 

マスクの紐を持つよう心がけ、ドアノブやスマホ等触った時などアルコール消毒して、触った手で目鼻口を触らないようにして…などなどと色々ケアについて考えるが、ついマスクの表面をそのまま触ってしまったりする。何度やってもそうなってしまうのでそのたびに落胆するのだが、考えれば考えるほど深く深く考えてしまい

 

「この時にここを触ったからアウト」

けどここで手を洗うにはここを触らなきゃでここも汚いし、そもそもここも汚いのでは?

気づくと考えすぎてどこも触ることができなくなった僕は何もできなくなり、結局触ることになってしまいただただ落胆するばかり。

 

深い迷宮だった。これまでの人生で触ってきたものや、その後手を洗ったかどうかなどにまで思考は渡り「僕は不潔だ」と落胆してそのくせTwitterで「うんこ」と呟き、そこで清潔不潔のバランスを取っているかのように体調も込みで頭の中はごちゃごちゃと絡まっていった。

 

この時思った

たった数日で答えは出た。

 

向いていないと。

 

僕はそもそも考えだすとダメなタイプなので

小まめに変えて気にしすぎず、手洗いうがいをしっかりしようと。そう思った。

 

それより事務所で咳をすると

「おっ?コロナウイルスか?」

とか言ってくる年寄りがいることが問題で

そういう奴らは体調が悪くても出社することを美徳としており、また自分がそのような状態でも出勤したことを自慢してしまうタイプだ。感染する奴が弱いのだと、感染すら甘えだと。

 

僕がマスクの取り扱いに四苦八苦している中、無頓着な老害が幅を利かす。

インフルエンザでも出社したことを偉そうに語られると、

「出るのは勝手ですがその日僕は休みますね」

と言いたいところだが、その冗談と皮肉な意味が伝わらず「根性のない若者」とだけ映りそうだったのでやめた。

 

本当に老害が嫌いだ。

この冬を越えられるのか不安になった。

 

クソして寝る

癒しと清廉

僕はプリキュアが好きだ。

 

つい昨日「今年のプリキュア」こと

ヒーリングっど❤︎プリキュア

がスタートし、それを見た僕は

あまりに好きな感じだったのでブログを書くことにした。

 

プリキュアというよりも日曜朝の東映女子向けアニメが昔から好きで、それは家の冷蔵庫の麦茶のように当たり前に用意され、なんの考えもなくそれを享受していた。

そしてクラスでは「ニチアサ女子向けアニメ」を視聴していることはひた隠しにし、個の嗜みとしてそれはそこにあった。

 

高校生になり、こじらせが進むと気づけばぬるっと見たくなっていたニチアサ女子向けアニメ…この頃には「ニチアサ女子向けアニメ=プリキュア」になっていたが、これまで数年周期で番組が切り替わってきた僕ら世代で考えると、まさかプリキュア自体がこんなにも続くとは思いもしなかった。

 

その後アニメを見る頻度が増え、

アニメをたくさん摂取することそのものに熱くなってきた頃訪れる

「俺もはやプリキュア見ちゃってます」と言いたい紀

がやってきた。

 

当時一般的に「オタク」という言葉は深夜アニメを好んで見る層のイメージが強く、自分もまたそうだった。

例えばそういう同士の「どのアニメが面白い」だのの会話になった時プリキュアという作品の名が上がると「プリキュアも範疇に入れるか?」というやりとりが起こりやすかった。

つまり悲しい話知識や「イキり材料」として卑しい気持ちで再び戻ってきた所はあった。

人生に何度も訪れる、情報や知識のオバケになりそうになる時期の自分をぶん殴りたい。本当に。

 

さて、

長くなったがそんなクソな時期も経つつ、結果しっかりプリキュアという作品の魅力に熱くなり、見ることを続けてきた僕だが

 

2020年2月2日放送の「ヒーリングっど❤︎プリキュア」を観てとても感動したのでこのブログを書くことにした。

 

1話にして「花寺のどか」という主人公に心を掴まれ、癒され、心底応援したいと思った。

 

プリキュアの歴代の主人公は皆魅力的だ。しかし人見知りの強い僕にとって、登場した時点から強い好感を持てたヒロインは実は少ない。

 

プリキュアの主人公は基本的に正義感が強く好奇心旺盛。飛び抜けて明るいキャラクターが多い。さらに独特なキャッチフレーズを連呼する。もちろんそこに裏付けられたものや成長を見ていく中でほぼほぼ好きになっていくのだが、この初登場の時点での感情としては強い好感とは言えない。「主人公ってこうだよね」の範疇だ。

 

大人の視聴者にとって新しいプリキュアとは

愛着が強い前作が華々しいクライマックスで終了したロスと共にやってくる。つまりはすぐに切り替えるのに少しインターバルが必要なのだ。

 

しかし今回のプリキュアの主人公は新しく、それでいて懐かしさのあるキャラクターだった。

 

これまでも「ヒエラルキー上位者っぽくない主人公」は数人いて、ハートキャッチのつぼみやGO!プリンセスのはるかはそうだったしどちらも1話から応援したくなるヒロインだった。

 

今回の主人公である「花寺のどか」はスタートの時点から病弱であることを明かされる。しかしそこから立ち直り、「誰かの役に立ちたい」という思いからプリキュアになる。

 

ここ近年の人気アニメでいうところの「若女将は小学生」を思わせる「応援したくなるヒロイン」ともいえるし、名作シリーズや同じく東映の「明日のナージャ」などに見られる

 

逆境から学び、立ち向かう

か弱くも強いヒロイン像

 

そんな何かを背負ったヒロインの優しさに癒される作品だということが想像できる1話の時点で「ヒロインが今後どうなっていくのか?」

に考えが巡り、作品自体の流れや舞台装置が目につきづらくなったという印象。

 

ここ数年のプリキュアもどれもとても魅力的で楽しめたが、舞台装置や世界観から導入していく作品が多かった印象があるし、

強い人間力からすぐヒロインにフォーカスしていく作品っていうのがgo!プリンセスプリキュア以来だと感じているので、個人的にとてもとてもテンションが上がっている。

 

癒しと清廉さ、僕の疲弊した心に沁みて沁みて仕方なかった。

 

そして「平光ひなた」という

登場前から好きなことが確定している登場人物も控えているのでますます楽しみである。

 

 

今年1年も生きる希望がある。

頑張るのどかに癒されながら、

日曜日朝を楽しみに今年もがんばります。

 

ミーのハー

うちの奥さんは兼ねてから焼き芋が好きだ

最近テレビの情報番組で

「今焼き芋女子が話題!

品川焼き芋テラスへ潜入」

みたいなコーナーがやっているのを観て、

「女子に人気 って言われたらその時点で寿命終わりって感じする。とても嫌」

 

と言っていた。

昔から「これが好き」よりも

「流行っているものが好き」な人は多々いるが、昨今の女子のブームは写真ありきなので、そこに自分が兼ねてから好きなものが取り込まれていくことに余計に嫌悪感を覚えてしまう。

これは自分にしても共感できる所だった。

 

僕も含めサブカル趣味というのは基本他の人があまり知らないことを知っていることに快感を覚える嗜好なので、基本的にはミーハーと対立することになる。

 

サブカル趣味にとって重要とされるのが

「ファンは少なく、理解者は多く」の精神で

 

ファンが増えると「私の方が先駆者だ」と誇示するようになる。SNSが普及する前のBBS中心だった僕が高校〜大学生時代も、BUMP OF CHICKENエルレガーデンマキシマムザホルモン等のBBSでは常に新規と古参の目も当てられない小競り合いが繰り返されてきたのを覚えている。

 

有名になったら好きじゃなくなった

それはアニメでも音楽でもお笑いでもグルメでも、サブカル趣味にとって日常茶飯事である。

 

僕個人的な話をすると

このSNS社会というのはコンテンツの話になるとどっちがドープかのマウント合戦でしかないので、しばらく前からそういうのをやめることにした。

興味が湧いたら興じて、騒がしくなって興味が薄れたら黙ってやめる。それだけだ。

ようは通もミーハーもどっちもやだからそもそもアピールしないし見ないことにした。

 

ところで

ミーハーの線引きとはなんだろうか

と思うこともある。

 

僕は興味を惹かれる基準こそ「女子の間で流行だから」ではないが、その一段下のアンダーグラウンドの上澄みの界隈において

「密かに注目を集めている」

とか、それこそアニメで話題になったりした時、恥ずかしながらしっかりと心を動かされてしまう方だ。

 

それこそ

ラーメン二郎も、

神田のカレーも、

スパイスカレーも、

サウナも、

DIYも、

スニーカーも、

キャンプも。

今ではれっきとして「流行」だ。

写真も撮るしSNSにそれを載せている。

 

元々好きだった経緯などはあれど

流行になってから、その流行したスタイルに迎合しめしっかりのめり込んでいるわけで…

どんなに言い訳しても

「一階層アンダーグラウンドにおけるミーハー」

ということで違いは無いんだと思う。

 

オタクはテレビのバラエティを馬鹿にするし

ニワカサッカーファンを馬鹿にするが

結局何かしらのミーハーをやっているわけで

結局ミーハーを馬鹿にできない。

 

 

けどミーハーと思われるのも怖いし、

地上のミーハーをナチュラルに受け入れる器も無い。

だから僕はなるべく黙っていることにした。

 

マウント、イキリ、ニワカ

この辺のやりとりにうんざりして

どのポジションを取ってもダサい昨今

 

みんな

ミーのハーを認めて

認めた上で逃げようよ

 

 

そして、会った時存分に毒を吐こう。

アディオス

レコメン恐怖症

僕は何かをオススメしたりプレゼンしたりするのが好きだ。このブログもそもそもはそういうテンションでスタートしたものであったりした。

 

結果その道に進むことはなかったが、高校生時代の僕は音楽ライターに憧れた。以前にもたくさん書いているが、ネットはあっても望んだ情報にたどり着けていなかった高校時代、供給が少ない田舎でアメリカやイギリスのロック&ポップスの情報を得るにはやはり雑誌が1番身近だった。

 

学校が家から遠くアルバイトもできない高校生が少ない小遣いで買えるCDなんて月に1枚か2枚程度。僕は吟味してそれを決める必要があった。

 

当時買って読んでいたのはrockin'on。CROSSBEATSNOOZERは立ち読みしてじっくり読みたい記事のときは購入した。

 

これらの雑誌の優秀で個性的なライターさんたちが、その時期話題のCDやクラシカルな名盤についてオススメしてくれるのを吟味しているうちに、自分も音楽に詳しくなって誰かにオススメしたい。そう思うようになった。

 

当時1番影響を受けたのは

rockin'onでのTHE WHITE STRIPESを評した

「3つのテーマに凝縮された無限大の情報量」

(細かくは記憶と違うかもだが…)

 

このコピーを読んだ際、僕は一気に惹きつけられ「ミニマルなのに情報量が多い??どゆこと??」とレビューをじっくり読み、結果購入して没頭してしまった。

 

僕はこれら音楽雑誌のレビューに影響を受けてブログなどを用いてそれらしい文を書くようになった。

文を書く練習、文を書く手ほどき、文を書く上でのセオリーなど全て知らず、大学も英語や環境問題とかの勉強が多く、文の書き方について学ぶ講義も受けていなかったので

ブログなどで書いているスタイルもほぼほぼ音楽雑誌の真似をずっとし続けている状態ではあったが、大学3年の冬に夢を追ってrockin'onにもエントリーして書類選考まで通ったが二次でしっかり落ちた。

 

僕はこの時点で他に入りたいところもなく、アパレルの方で内定をもらったのでそちらへ進んだが、違っていたらどうだっただろうか…と考えたりもする。

 

 

そんなわけで

中途半端なノウハウを駆使し

少し前までは熱くアニメをオススメしたりすることをしてきたが、その熱量が今はない。

 

熱量は恐ろしい。

熱量は人を惹きつけるが

温度差でより冷めるのも知っていた。

熱中は恐ろしい。

熱中は盲目の入り口で

紹介のつもりが押し付けていることがある

 

僕は熱を隠し、息を殺して生きる。

オススメするのが怖い。

 

今まで色んな人に

「オススメある?」

と聞かれて自分のオススメを熱弁し

それを何の関心もなくかわされた時

 

自分が熱く熱弁したそれが

そいつの固いツラの皮に摩耗して

擦り減った気がした。

 

僕は

オススメなど本来求めておらず、

「自分その分野も視野に入ってますから」

のボースティングのために人を利用する人間によって好きを削られた記憶が多い。

 

求められて答えてそれが叶わないならまだいい

人の熱意につけ込んでわざわざ

「それつまんないですよね」

と言ってくる人間もいる。

相手がそれを好んでいるとわかって言ってくる

正気か?と思うが存在する

 

コンビニで新しいカップ麺を買い、部室で食べようとお湯を注いで待っていると

「それまずいですよね」

って言ってくる人間もいるが確実に同種族だ。

正気か?と思うが存在するのだ。

 

嘘でもいいからそんなに熱弁していたら

「メモしました…!今度の休みに見ようっと」

くらいのことは言って欲しいものだ。

 

それができないならオススメなど聞くな

お前には無償でも、こっちは減るんだぞ?

不公平だろうが

 

 

もう直接的なオススメなんて

信頼できる人にしかしたくない。

 

ここでまた何かをオススメするかもしれない

長渕剛主演映画をオススメするかもしれない

 

なのでみなさんは

「メモしました…!今度の休みに観に行きますね…」

 

と言って欲しいですね

 

寿司からの解放

先日メディアから受けた寿司の洗脳

その洗脳からの脱却のために今日は寿司屋へ行くことにした。

 

たまの平日休みで悪天候でもあったためか休日は数十人並ぶ人気の回転寿司もオープン後一番乗りすることができ、幸先の良いスタートを切った。この数日間、「寿司を食いたい」としか発しないほどに侵食されていた。恐らく僕は国の機密事項をどこかで知ってしまい、メディアからその情報を消すために「寿司」による洗脳を施されたのだと、そう思うことが日常の推進力となり、このブログを書いているときにはもう僕は「寿司ロス」になっている。

 

僕の幼少期、誕生日と言えば回転寿司だった。

ほぼ確定で3人兄妹だれの誕生日でも回転寿司だった。そのループは長女が高校生の頃「今年は寿司ではなく焼肉がいい」と主張するまで続いた。

 

僕はマセたクソガキだったので、

「えんがわ」や「ウニ」を好み

それをクラスメイトに偉そうに語った。

ひどいもんだ。

 

その後大学生になり、自分の金で寿司を食べるようになると百円寿司へ行くようになった。

当時の百円寿司はクオリティがそこまで高くなかったので、サーモンやイカだけで妙に種類豊富だったがそれをひたすら食べていた。

正直ここで高めの回転寿司と百円寿司との境目が曖昧になり、「そんな変わんねえだろ」とまで価値観は揺らいでいた。

僕の中で回転寿司の特別感は薄れていった。

 

そして

大人になりまた実家の美味しい回転寿司に来た時、ここでまた舌が肥えていたことに気づいた。寒ぶり、ノドグロ等の脂がのった美味しさを感じつつ

白身魚の良さを初めて知った。

白身魚ってこんなに美味いのか

白身魚って淡白すぎて焼魚やフライ、天ぷらの方が合うと思ってきたが

こんなにプリプリで美味いものか

 

嬉しかった

今日もクロダイメバル、スズキ、マダラ

どれも最高に美味かった

 

こうして寿司をたらふく食べた僕は

晴れて寿司の呪縛から解放され、

「寿司食いたい」

以外の言語を身体に戻してもらった。

 

 

食べ終わり帰路につくことに

とはいえど平日で人も少なかったし、もう少しゆっくりしていこうという話に。

では口の中も魚感が残るので

同じ敷地内にあるお洒落なカフェでコーヒーをテイクアウトして帰るのもいいね

 

なんて奥さんと話しながらカフェに入ろうとすると

5〜6席無いくらいの店内を3人の女が広く使い、ほぼ占拠しながら写真をパシャパシャ撮っていた。

見るからに

「自分たちが世界の中心と錯覚している典型的サークルクソ大学生」

という出で立ちで写真を撮っていた。

 

もちろん僕はそのお店に入ることを諦めた。

ああいう奴は自分たちが主人公の物語を楽しんでるうんこ女なので、関わるだけ損しかない。自分が大学生の頃まさにそうだったからよくわかっている。

 

寿司の呪縛を克服した僕は

そいつらにクソを漏らす呪いをかけ

自らもクソを出し

 

いそいそと帰宅した。