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すがゆうです。JOHNNYPARKというバンドでvo、あとDjもたまにやります

sayonara tokyo

おひさしぶり極まれます。

 

なんだかんだ忙しくて結局ブログも全然更新できませんでした…情けない。

 

CDを発売して、ツアーが始まって

まだまだ時間あるな

と思っていたけど、あっというまに一週間後にツアーファイナルです。

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というわけで今回は

sayonara tokyoまでの経緯についてお話しておこうかと思います。

 

 

JOHNNYPARKは2011年に僕と川村商店とで結成。その後ベーシストがなかなか見つからず、単にベースが弾ける人ではなく個性的な人をというのもあり、若 が上京するタイミングとしてこのバンドで一緒に活動しないか?という話になりました。我々は元々同じ大学の2つあった軽音楽部の出身で旧知でした。

 

まあ色々あって法被を着たりアニオタレペゼンのバンドになったりと紆余曲折あったんですが…そんな中

 

2012年…の頭だったと思います。

家族旅行で鬼怒川のホテルに行くから、僕も仕事終わりに駆けつけることになりまして。

 

そこで父親に、2014年春に地元に戻って来てほしいということをお願いされました。

 

命令ではなく、頭を下げてお願いされました。

 

 

ちょっとかなりシリアスムードになってきたのでここで一言

 

う ん こ

 

 さて

僕の実家は 歯科技工所 というのを営んでおりまして、歯医者さんに入れ歯や金属冠を作って納品する会社です。歯医者さん同様国家資格が必要。

僕は長男で、男兄弟もいません。しかし幼少から20歳までの間、一度も「家業を継いでほしい」と言われたことはありませんでした。父は祖父から敷かれたレールを少しでも外れることを許されずに育った過去もあったからか、自由に自分に何ができるか探していけるようにと。そう育てたと。父親はそう言っておらました。

本来継ぐ家業がある中で、自由にやらせてもらって結果頭下げてお願いされて

まあ僕はバンドマンのくせに

「いやあ、あんだけ迷惑かけた親父に頭下げられちゃあな…親孝行のタイミングもこれしか無いだろう」

 

その時点で先のことではあったけど、

当時長く付き合ってた彼女とかもいたもんで

 そんな風に思って

「JOHNNYPARKは2014年3月まで」

と心の中で決めたりしていました。

 

 

メンバーにももちろんそれとなく話し

その後その上で活動を続け、いざ2013年も終わりを迎える時期でした。

そろそろバンド活動にも区切りをつけなきゃな…なんて思ってた時に気づいたんです

 

「このバンドで何も残してないぞ」

 

と…けど決めちゃったしな…

辞めたくねえなあ…なんて迷いも出てきて

そんでいざどうするか!っていう会議をメンバーで行ったんですよ。

そこで20分くらいの沈黙の末

「やっぱ辞めたくないわ」

(ここで感動の空気とか涙とかもあったんですがそこは気恥ずかしいので豪快に割愛します)

 

 

そんでそこからはかなり大変でした

まずは下北沢ERAの店長のゆたちんさんなんかに相談して目標を決めて。

「2014年のうちに、アルバム作ってワンマンする」

っていう目標を立てて

 

 

その目標を引っさげて

「あと一年だけバンドマンやらせてくれ」

土下座して回って

 

結果彼女にはフラれましたが

(婚約破棄)

まあ今では笑い話です

(本当に申し訳ないことをしたとも思っていますが、ここは相手の今の幸せを祈って笑い話にさせてほしい)

 

んで大大大反対を押し切ってバンド活動を

無理矢理継続した私。

大変だった…

しかし後々よくよく両親に話を聞いて見れば

2015〜2017は東京で専門学校に通いながら

取引先の会社で修行する

 

というものだった

この時点で向こう3年は都内で活動できるため、急いでアルバムを無理矢理作ることはないということになり、ワンマンだけを2014年の目標にひた走ることとなる…

 

そう思うと2014年は色々あった…

アニソンDJイベントを下北沢ERAの上にあるバーで開催したのもこの時で、独り身の自由さからかなりアクティブに声優さんのイベントとかに行きまくっていた思い出がある…

じょにらじ が始まったのもこの頃だった

 

まあ

 

そんなこんなであのワンマンの日から

3年の猶予は決まっていました。

 

 

あの一年があったから、

JOHNNYPARKを解散にせず

東京を去ってからもJOHNNYPARKでいられることになってとても嬉しく思うし、これもひとえにメンバー、支えてくださった皆様、南みれぃさんなどのお力添えのおかげですが

 

この3年間思ったことは

「両立がとてつもなく下手だ」

ということ。

 

ぶっちゃけ生活、バンド、DJ、仕事、学校

つねにどこかないがしろ気味で過ごしてしまったことは言うまでもないしとても申し訳ないと思うし、本当周りに生かされてきた。

正直慢心しておりました…過信しておりました

そんな中でも数は少ないけど

とっってもいい曲が作れました。

 

そんな曲達、CDに入った曲は

ほとんど2014年に書いたものですが

今の自分の気持ちを含めたものもあり

 

12/15 ツアーファイナルでは

それをしっかりぶつけたいと思います。

ここにきて多忙な日々で宣伝活動とかも正直今までのようにいってなかったりしますが

よりたくさんの人に、JOHNNYPARK東京バンドとしての有終の美をかざれたらな

 

なんて思います!

 

よろしくお願いします!!